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尺八コラム 限界突破!

四郎管、ショック!! 2013/3/15

 先日、ひょんなことからお知り合いになった木村氏とお会いする機会を得た。なんとこの方、四郎管を7本も所持されているという。それと聴いた途端に、私は前後の見境もなく「是非、拝見したい。すぐ伺います」と無礼にも言ってしまったのだが、快く「じゃあ、どうぞ」という事になった。そんな四郎管との邂逅を書き留めたい。

 そもそも私も古鏡、初到、宗悦、琴童など、多少なりと古今の名管古管というものには触れている。それでも四郎と聴いてこれほど反応してしまうのには、理由があるのだ。 四郎管は地無し・地塗りといった尺八製管の分類上の間にある「地盛り(漆地を必要か所にのみ充填し音律を調整する)」というカテゴリーに位置する。その音の作り方は前例がなく後継のない独自の考えや信念が詰まっており、尺八製管のメインストリームとはかけ離れた異質な楽器であると言えるだろう。
 そんな四郎管を初期~後期にかけて7本も所持され、山口四郎師だけでなく五郎師および山口家と深い交流があり、直接手に入れられたというのだから…ちょっと解った演奏家・研究者・製管師にとっては、ノドから手がでるどころか心臓が飛び出るぐらいの衝撃だろう。 しかも、所持されている尺八は買った時から修理を他所ではしておらず、改造もされていない尺八である。

1尺8寸 四郎管 中継ぎ漆塗り、尺八修理工房幻海 まず出されたのが初期の1尺8寸管。これは管尻のところが綺麗に曲がった曲管で、中継ぎは黒漆が塗られている。現在から100年近く前に作られたもので、これは木村氏のお父さまが四郎師から購入されたものである。この漆管は全長が53.5cmと8寸の理想の寸法よりも1~1.5cmほど短い。これは、管内口径を広くすると音が下るので、それを調整する為に予め少し短く切ったと考えられる。音色は素直な竹で、独特の柔らかい響きが心地よい。木村氏の最初の持ち管がこれだというから羨ま…信じられないことである。しかも、これはもともと四郎先生自身が稽古笛(稽古の際に自らが吹く用の竹)としていたものだという。

1尺8寸 四郎管 曲管、尺八修理工房幻海 次に出されたのは、四郎管の代名詞ともいえる超曲管の1尺8寸、吹人憧れの的だ。歌口から見ようが管尻から見ようが、先は見えない。製管にはかなりの難度が要求される。やはりこれも54cmほどと少し短い。この管は、音にバラつきがあり、5孔の音程がかなり低く、1孔の音量が弱いなど、演奏者の技量にかなり依存する楽器だ。そんな難しい楽器も音の立ち上がりの際には独特な煤け具合となって本曲吹きにとっては得もいえぬ味となる。また、音の響きはちょっと信じられないぐらい良く、「良い竹は、管全体が鳴る」なんていわれるが、この曲管は管全体どころか管前方の空間が全て音となって、聴いている人の耳に飛び込んでくる、といった感じだ。2孔横のあたりに矯めをした傷跡があるが、それがまた四郎先生の竹に対する考え方が出ていて面白い。

1尺6寸 四郎管 地無し、尺八修理工房幻海 その次に出されたのは地無し6寸管、この管に四郎師の焼印はない。由来は、お弟子さんをたくさん持ち四郎管をたくさん売っていた琅盟師が、四郎師から「これ、持っていけ」とお礼としてポイと渡されたものだという。銘も打っておらず、製管師が自分用の御遊びとして作ったものであるが、これもまごうことなき四郎管、いやこれぞ真の四郎管とも言えるだろう。なぜなら、同じ製管師だから解るが、自分用のお遊びだからこその情熱、心血といったものを知らず知らずに注ぎ込んでしまうからだ。その証拠にその竹材は、ほんのちょっとやそっとじゃ手に入れられないほどの良材で、傍から見ても節が隆々と盛り上がり、異様な存在感を放っている。そんな武骨な見た目に反し、音色は軽やかで、吹き心地も非常によい。中継ぎがあるがほぼ地無しで少しだけ地が盛られている。

 それから次第に後期の作へと移っていくが、作りも地盛りから次第に地塗りよりへと移っていくようだ。これは、当時の日本の西洋文化へ追いつけ追い越せの憧れや新日本音楽のような音律のしっかりした物を世間が求めるようになり、四郎師が望むにせよ望まざるにせよ、そうならざるを得なかった事が製管から読み取れる。また、竹材自体にも変化が見られ、初期はひょうげた奇形を好むように見受けられたが、後期はそれも少し鳴りを潜めている。とはいえ、それでも一般的な製管から見れば、管内口径は広く、響きも十分にあるが。

 しかし、いかに名管・古管を所持していようとも管理の仕方によっては、価値が失われてしまう物は多々ある。一つの楽器が数億円の価値と言われる、世界的に有名なヴァイオリン、ストラディバリウスを保管するクレモナの博物館では、その楽器を維持する為に専門の奏楽師が毎日決まった時間に演奏をするというほどだ。
 そういう点に関して木村氏親子二代に渡る管理の意識の高さは目を見張る。毎日、7本の尺八を吹くことは勿論のこと、その楽器が尺八界にとっていかに重要なものであるかを十分に理解し、四郎師が製管した当時の姿を維持する為に例えば露拭きを通す際には必ず歌口に手を添え、守るようにして通すなどの心配りをするという。このような管理を日々実践していればこそ、製作後平均80年以上経っているにも関わらずほぼ全て良い状態を保っているのだから頷ける。

 昨今、地無しブームの到来に伴って、少しずつではあるが音程よりも音色が見直されるようになってきており、今後さらに四郎管の楽器としての重要性は増していくだろう。その為には、「この楽器を後世に確実に残さなくてはいけない」という話を木村氏と行い、微力ながら私のホームページ上にWeb博物館を設けようと話し合った。現在、計画中だが今後の動向に期待していただきたい。
 このように愛される楽器は幸せで、格が違うとはいえ同じ製管師として嫉妬すら覚える。私も四郎師のような楽器をいつかは作りたいと切に願うしだいである。

追記1 私も四郎管を元にした広作りを数本作ったが、この邂逅によってさらに良い物に出来ると確信している。

追記2 先日、別のとある方が所持されている非常に良く鳴る地無し尺八(古月銘)を拝見した。その時、管尻などを中心にごく薄く、数箇所の四郎印があることを目ざとく私が発見するにいたった(持ち主は気付いていなかった)。おそらく四郎先生が生前に自分用に所持し、常に作業場の傍らに置いて、ついつい焼印の試し押しなどをしたのだと思われる(ここから他人に譲る気のない竹であったことが伺える)。これで、少なくとも四郎先生が地無し尺八を所持していたことは確定できた。(2014/2/6)

追記3 四郎管にかぎらず古管について一部誤解をされている節があるので、あえて言いますが「四郎管や古管は音程の優れた楽器」ではなく、「音色が素晴らしい楽器」です。
 現代風の442Hzを基準とした考え方や吹き方にとっては、音程が低い(管平均438Hzほど)だけでなく、指孔ごとに鳴るポイントが異なったり、癖があったりと非常に難しい楽器です。だから現代のプレーヤーにとっては「鳴らない・使えない楽器」といった印象を持たれています。
 しかし、ちゃんとその特性を理解し、”楽器を吹いてやる”のではなく、”楽器と共存する”気持ちで奏でてやれば、演奏家と楽器とが二つで一つとなれる、そんなすばらしい楽器です。山口五郎師の演奏がすばらしいのもそういった由縁です。
 もしも音程や音量がすぐれた楽器がほしいのであれば、古管など求めず現代管や尺八フルートを吹くことをオススメします。(2015/3/17)

追記4 先日、どうも四郎管の贋作?らしきものを見ました。焼印は本物のよう(本物に非常に似ている)ですが、楽器の作りが明らかに四郎先生の好みや仕事から外れているというものです。歌口も都山型のようでした。四郎管も贋作が出回り始めたのかもしれませんので気をつけられる方がいいでしょう。(2015/12/14)

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