尺八コラム 限界突破!
何故、竹の根っこを使うのか?(仮題) 2013/1/12
ゴボッと竹をそのまま引っこ抜いてきたかのような奇妙な形。尺八は何故、竹の根っこを使っているのだろうか?多くのプロ・アマ問わず研究者たちが歴史を調べ、その形状への発展に光明を見つけようとしているが、未だ一筋の光すらわからない。そこで私は学術上の解決ではなく、構造的いわば実地的な見地から、その闇に光を当てたいと思う。
簡単に現在の尺八に至るまでの道筋を説明すると、古代の中央アジア・ペルシャで縦笛が生まれ、それがシルクロードを取って中国で竹を使った洞嘯(ドウショウ)となり、それが雅楽とともに古代尺八として日本へと伝わった。その後、次第に雅楽との関係は薄れ、独奏用の楽器として一節切(ヒトヨギリ)が生まれ、禅の思想と触れる事で普化尺八(地無し尺八)となる。江戸後期になると箏・三味線と合わせるなど、合奏の為の音量と音程を手に入れる為に現行の地塗り尺八が考案され、現在に至る。
と、ざっと書いてみるとこういった形で発展してきている事は明白だが、一節切~普化尺八の過程で、竹の棹から根っこを楽器として使用するという、明らかに異質な変化が見られるのが、今日でも謎とされている点である。
何故、竹の棹から根っこに変化する必要があったのだろうか?ある人は、虚無僧が身を守ったり、闘ったりといった時に武器として使用する為といったり、あるいは一節切が貴族・武家のものであったから遠慮して、またあるいは普化宗としての独自の法器としての意味合いからこのような形になったと云うが、そういった事に配慮していたとしても到底納得できるような本質を得た解答ではないように思われる。
なら、どのような解答であれば納得できるであろうか?尺八はあくまでも楽器だ(普化宗の法器という反論はここではあえて否定させていただく)、つまりその楽器構造の変化は音質・音量・音程の向上の為でなければ辻褄が合わない。
一節切と尺八を吹いたことがあるなら、尺八に比べ一節切の音域がいかに狭く、音量が弱い楽器であるか痛感するだろう。尺八の音域が3オクターブ近く出せるのに対して、一節切はがんばっても1オクターブ半ほどしか出せない。つまり、音の選択肢が減り、結果として楽曲の展開もそれだけ制限されてしまうのである。それを打破するために当時の製管師が試行錯誤した結果が、尺八ではないだろうか?
それを裏付けるかのように歴史には三節切(ミヨギリ、ミフシギリ)というものが存在する。尺八ほどの長さでありながら、根っこではなく一節切のように三つの節を残した竹竿の楽器である。一節切から長さが伸びた理由は大きく分けて2つ、①音域を広げる為、②高音部の音を安定させる為、が考えられる。①については、現行の尺八の例のように長さが伸びれば音が低くなるので明らかだろう。問題は、②だ。
尺八と同じように、一節切を使って低音と同じ指使いで高音を出そうとすると音がひっくり返ったり、とっかかりが無さ過ぎて音が変化しなかったり、たとえ高音に鳴ったとしても、とても演奏に使えるような状態でないことがわかるだろう。これは「息の返し」が無い為である。この「息の返し」、地無し尺八や現行の地塗り尺八では1孔下の節周辺のことで、管全体で一番狭くなるように意図的に作られている。この部分を狭くする事で高音の鳴りがよく鳴るのだ(ただし、狭すぎると低音が悪くなる。何故そうなるかについて詳しくは、空気振動の疎密関係などを説明する必要性が出てくるので、またの機会としてココでは割愛する)。試みに一節切にこの「息の返し」を作ってやると驚くほど劇的に高音を鳴らせるようになる。
そして、もう一つ音程や音量を調整するのに重要なことは、歌口から息の返しに向かって徐々に狭くなり、息の返しから管尾口に向かって再び広くなることだ。地塗りの1尺8寸を例にするとおおよそ「歌口φ21mm―息返しφ14mm―管尾口φ16mm」と、かなり内部が狭まっていく構造になっていることがわかるだろう。節の広狭で音程を調整する地無しの場合でも、管の良し悪しは竹材の肉厚に多分に影響される。また、狭いものを広げる事は簡単だが、広いものを狭めることは非常に大変である事も一因であろう。
尺八・一節切の材料である真竹は、根っこの部分が一番厚く、上に行くほど次第に肉厚が薄くなっていく。つまり、竹の棹の部分を使っていては得られない竹の肉厚を得る為に、次第に竹の下方部を使用するようになり、最終的に制作上の利点と効率の為に竹の根っこを使用するようになったとみるほうが良いのではないだろうか。この説を補填する歴史的資料や文献などはない。製管師としての経験と直感から導き出された一つの答えだ。これを信じるか信じないかは各人の判断に委ねたい。
※ 一月寺の古い文献には、「尺八は法器であり、三節で長さが長短各種類がある。その三節は三才(天地人)、上下は日月、五穴は五行を現す。」と書かれている。
それに対し、京都明暗寺の文献(嘉永ごろ、江戸後期)のものでは、「七節は七曜を現す」と書かれている。
この事から、江戸時代に入ってから尺八は3節から7節に変化したものであると推察される。
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