古管尺八の修復・修理②
古管尺八の修復・修理② 2015/2/21
古管尺八を手に入れた、あるいは所持している方が、その楽器の修理修復の必要性に迫られた時に一番心配されるのは「その楽器の時代を感じさせる”古さ”や”音味”が、現代風に修理されて損なわれるのでは…」ということかと思います。
現代風にしてやることは容易ですが、できれば”古管は古管のままに”しておきたい。古管は貴重な楽器であると同時に、その時代に演奏されていた音楽や考え方を知るための貴重な史料でもあります。
ただ、古管とはいえ楽器ですので、あくまで吹奏できる状態でなければ意味がない。後生大事にしまっておいたのでは、より破損部分が深刻化することもありえますし、何より本来、音楽を奏でるために存在する楽器にとっては音を奏でられないことは不幸なことです。
そのような貴重な楽器を当工房では、どういった考えを元に修理・修復しているのかをこのコラムで少しでも示せればと考えています。
修復する古管
寸法:1尺8寸(約54.3cm)、竹細い
作:不明
製作年度:不明。製作の形状から江戸時代後期~ではないかと思われる
形状:虚無僧尺八(地無し)、十割り(指孔小さい)
歌口:古い明暗(三角型)、黒水牛角、歌口周辺は赤漆が塗られている
管内:赤漆
中継ぎ:なし、延べ管
修理履歴:歌口入替え、歌口~節までに3ヶ所割れ止め(ただし破損)、歌口~5cmほどと管尻~3cmほどにのみ内部の赤漆が塗りなおされている
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破損・不具合の箇所
・管全体に及ぶ5~6箇所の割れ
・歌口欠け、浮き
・歌口周辺内部の虫食い・腐り
・歌口~節までにある数箇所の修理痕
・管尻内部の虫食い
・管尻の形状
・管全体の汚れ
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見た目の色合いは飴色で美しいが、楽器としては悲惨な状態の虚無僧尺八。管全体を通して割れが多く、最低でも13~14ヶ所の割れ止めが必要であろうと思われる。とくに、歌口~節までの割れは内部まで到達しており、さらに一度補修されたのか、効果の薄い木屑と膠(にかわ)のようなものを埋め込まれていて、除去しきることは困難、そのゴミが邪魔でピッタリと閉じることは難しかろう。また強度と見た目を考えた場合、割れ止め跡も位置が悪く、新たにする割れ止めの位置を決めるのも厄介である。
歌口は欠けと浮きの他、周辺は赤漆を塗りたくられた妙な修理がされている。その漆部分を剥がしてみると、膠で軽く差し込まれているだけなのか角が非常に脆く、簡単に外れる。角が入っていた部分や周辺は水気が侵入しており、少し腐っている。角に虫食いがあったので、その周囲を調べていると壁面が剥がれ、中から粒膠のようなものが大量に出て来る。どうやら竹自体にも虫食いが広がり、以前は応急的な詰め物をしたのみの修理を行なったようだ。歌口直下の左側面で範囲はおおよそ縦4cm×横2cm×奥0.5cmほど。
割れ止めをしたいが虫食いで竹の肉厚が薄くなって難しくしており(※割れ止めをすると姦通する)、虫食いを直したいが割れが邪魔という(※虫食いを先に直すと割れが上手く閉じない)、なかなか厄介な状況。割れ・虫食い・腐り・歌口入替えと嫌な数え役満となっている。
管尻は、横向きから見ると上辺が下辺に比べて出っ張っており、また正面からみると右側が左側に比べて盛り上がって恰好が悪い。ここは音に影響がない、あるいは良くなるようなら3mmほど切りたいところである。また、管尻内部を確認していると、左斜め下面が剥がれた。どうやらここにも縦1cm×横0.5cm×奥0.5cmほどの虫食いがあったようだ。管尻の坊主も右に比べて左側が少し形が悪く、何となく不恰好。
割れを閉じた後に律と鳴り具合を確認してみたところ、乙ロ以外の指孔が総じて高い。というよりは、全閉音のみが低すぎるというべきだろうか。また管内が狭すぎて、甲音が非常に鳴りづらく、鳴らせてもか細い。この辺りは管内を少し触って調整することになるだろう。乙音の独特な篭った音色は中々良い。
構想・着工
今回の古管は問題箇所が多い。特に虫食いによる内部の形状変化のせいで、”修復”というよりは”改作”に近い作業を余儀なくさせるだろう。
とはいえ、できる限りは使われていたであろう時代にそった音色の鳴る楽器にしたいと思う。
[割れ止め・虫食い・腐り・歌口入れ]
この修理は、ほぼ同時進行で行なう。
割れ止めの考え方は前話「古管尺八の修復・修理①」と同じよう表面に巻く。そのままでは真新しさが際立つので、特殊な漆を塗って古鏡や初到のような、独特な古管の雰囲気を出した。
虫食いと腐りについては、少し補強をし、形を均してからすいている所に少し地漆を付けた。この地付けは音程を変えるためのものでないことだけは、明言しておこう。
歌口については、管自体が飴色であることから黒水牛角を入れても目立たないこと、また時代的にも鹿の角のような白い材質の方がよかろうかと思うので、今回は特別にマッコウクジラの歯を入れることにする。
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[管尻]
乙ロの音程が低かったことから整形の口実を得たので、気に食わなかった管尻の不恰好さと間延びも解消する事ができる。とはいえ切るのも上辺を3mm程度、削るのも0.5mm未満であるから、それほど大仰ではないが。
管尻内部の虫食いについても歌口部分と同様に修理した。
[音律]
少し篭ったような響きがあってよいが、音程は非常に悪い。乙ロに対して他の音がかなり高いというよりは、他の音に比べて乙ロだけが低すぎるといったほうがよいだろうか。あと竹材自体がかなり細身のため乙音はいいが、甲音が非常に息が詰まったような感じになり、高音へ行けば行くほど音が出なくなる。これらを改善するためにはいささか管内を広げてやる必要があるだろう。触らないので済めば一番いいのだが、楽器として存続させるため、また次の吹き手のことを考えて少しだけ広げさせてもらった。
遠目に見れば、表面の飴色や黒い籐巻きに白い歌口が際立ち、指孔からチラリと見え隠れする赤漆が、なかなか乙な雰囲気を醸し出すのではなかろうかと思う。
完成
完成した古管尺八。修理前の写真と比べると随分と美しくなり、これなら「吹いてみたい」と思ってもらえるような楽器に蘇ったかと思う。虫食い部分も完全に埋まっており、恐らく知らなければ、そんなものがあったとは誰も気付くまい。
細身の竹であることもあり、その音色は涼やかな凛とした響きがする。明暗真法流に適した楽器だ。その古色から金か銀の蒔絵で銘でも入れたら、さぞ立派になるだろう。例えば、”鈴虫”なんて銘はどうだろうか…。
販売価格=\240,000(売り切れ))
追記 一節切・明暗真法流研究の第一人者であり伝道者の相良保之師、地無し古管の研究者であり古典本曲の吹奏者でもある志村哲(禅保)師にお見せしたところ、「すごく良く鳴る。真法流に向いている」と言って頂き、また「自分が(持ち管にして)吹いてもいい」とまで言って頂いた。確かな実力者のお二人にこのように言っていただけたことは、尺八製管・楽器修復の自信にも繋がるし冥利というものだ。
試し吹き
参考音源:北国鈴慕ノ曲(使用管 古管地無し1尺8寸修復品)
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