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尺八コラム 限界突破!

一部、尺八吹奏の危険性についての警鐘 2023/6/26

 尺八を吹くことは多くの場合には、気息を整え、指を動かすので健康にいい、と認識されているかと思う。

 もちろん、これは正しい認識である。普段の生活では、まず行わない深い呼吸。瞬発的に息を吸い込み、時間をかけて息を吐き出す行為は、それだけでも心身を鍛えることができる。これを昔の虚無僧らは「吹禅」と呼んで、座禅や瞑想と同じものとしてきた。また、特定の音を鳴らすために行う運指は、指先を動かすことで脳への血流を促し、脳科学的にも認知症予防やボケ防止などの効果をもたらすことも解っている。

 そうであるなら、このコラムのタイトルに掲げている「一部、尺八吹奏の危険性についての警鐘」といったような「危険性」というものはないのではないか、と思われるかもしれない。確かにそうなのだが、それはちゃんとした尺八であれば、である。

 尺八が心身にとって良い物になるか、あるいは心身を害する物になるか。この真逆の物に変えてしまうモノ。その原因は、尺八を製作する際の材料にある。
 ここからは、少し製管の話も含むことになるが。尺八という楽器は基本的には、ほぼ自然物で製造されている。楽器本体の真竹、歌口の角は象牙・黒水牛角・鹿角(現代管はプラスチック製が主流ではあるが)。楽器内部は現代管なら砥の粉と水と天然漆(当工房では用いないが、一部他工房では他に石膏)、地無し管なら天然漆。こういった天然素材のみで作られているなら、健康被害というものが起こり得ないことは一目瞭然だろう。
 しかし、私は警鐘を鳴らしたい。それは、管内にラッカー性塗料を塗ることの危険性を。最近、非常にこの手の尺八が増えている。

 ラッカー性塗料。尺八製作では主にカシュー漆と呼ばれる人工性の代用漆(称して人工漆)が利用されている。
 このカシュー漆は、1948年にカシュー株式会社が、中南米原産のウルシ科の植物であるカシューナッツを原料に開発した塗料である。カシューナッツは、クルミやアーモンドと同じようにナッツ類として食用にもされている。
 カシュー漆は、天然漆に似た光沢と塗膜を得られるだけでなく、天然漆に比べて硬質化するまでの時間が短く、また原材料が安価であるなど、非常に優秀な塗料であるといえる。天然漆はウルシオールという酵素反応によって硬質化するが、カシュー漆はそのウルシオールに似た化学構造のカルダノールによって硬質化する。その硬質化具合たるや、天然漆と比べて遥かに硬く強靭で、ヤスリを物ともしないほどである。
 これだけであれば、カシュー漆は天然漆にも匹敵しうる素材であるだけでなく、一部の面においては天然漆を凌駕する優位性を持つ塗料である、と私も兜を脱いで認めざるを得ない(私のポリシーとしては天然漆の方が好きだが)。

 だがしかし、こと尺八を創るという点において、私はカシュー漆の使用を認めることはできないし、その危険性について多くの尺八吹きが無自覚であることに警鐘を鳴らさなければならない、と考えている。
 それでは、その危険性とは一体なんなのか。カシュー漆自体は天然素材から生成されている為、人体に対しての深刻なダメージを与えるといったことはない(漆と似ているので、漆と同じくカブレるなどの影響はあるかもしれないが、これについては人体に”深刻”な影響は無いものとして話を進める)。
 ただし、カシュー漆を塗る為には、カシュー漆の粘度が非常に高い為、それを希釈する溶液が必要になる。例えるなら、お味噌のようなもので、お味噌も味噌汁にするために水で柔らかくする必要があることを、カシュー漆と溶液で行う必要がある。このカシュー漆を希釈するための溶液、これが非常に問題なのである。

 カシュー漆やラッカー性塗料を希釈するための溶液は、「うすめ液」や「ラッカーシンナー」などと呼ばれている。前者は気づき難いが、後者には名称に入っているように、これらラッカー性塗料を希釈するための溶液にはシンナーが用いられている。
 シンナーの危険性については、多くの人が何となくはご存じのことだろう。私が小さい頃は学校教育としてホームルームなどでシンナーの危険性に関するビデオを見せられたし、掃除などでやむなく用いる際は担任の先生が厳重に管理していた記憶がある。一応、シンナーによる健康被害を列挙すると、軽度の場合でもめまいや吐き気、口腔の腫れや頭痛、女性の場合は生理不順などの影響があり、継続的に長期間吸引を続けた場合には脳の萎縮や呼吸困難、精神疾患、不妊など、また重度の場合には死に到るケースもある。最近、製造されているシンナー類は、これら健康被害の影響が少なくなるように改良されているとは云われているが、それでも影響が皆無になったわけではないことを留意しなければならない。
 この様なカシュー漆やその他のラッカー性塗料とうすめ液(ラッカーシンナー)を混ぜ合わせた塗料は、屋外のような開放空間での外壁塗装に用いる場合や工芸品などに用いるなどの場合は、塗装者が防塵マスクのような身を護る道具を用いたり、シンナーが揮発して毒性が薄まるよう時間を置いて作業したりするなどの十分な配慮が必要となる。
 しかし、残念ながら尺八にカシュー漆とうすめ液(ラッカーシンナー)を塗料として用いる場合、尺八の管内は竹筒であるので、開放的な空間とは真逆の密閉空間に近く、揮発したシンナーが開放空間に霧散しやすいとは言い難いばかりか、むしろ吹奏者が揮発したシンナーを吸引しやすい構造となっているのである。それなら、シンナーの毒性が抜けるまで、十分に時間を置いて作業すればよいのだが、それを待つ場合は天然漆が固まる時間よりも遥かに長く時間を要するだろう。それであれば、天然漆を使わずにカシュー漆を使う優位性は無い。それでも、いつかはシンナーの毒性は無くなるものだが、もう一つ、残念なお知らせをさせていただくと、ほぼ100%「塗料は重ね塗りをする」ということである。
 綺麗に何かを塗装しようとすると、1回の塗りではなく、2回3回と塗り重ねてやっと完成することを、多くの人は経験からご存じだろう。尺八の場合でも同じで、管内を綺麗にしようとすると、何度も漆を塗り重ねる必要がある。
 これは、カシュー漆を用いる場合でも同じである。ただ、上述したようにシンナーの毒性が無くなってから塗り重ねたのならよいが、そうではなく、シンナーが揮発しきる前にカシュー漆を塗り重ねると塗膜がシンナーを閉じ込めるような形で形成されてしまう。こうなるとシンナーが揮発するための時間がさらに永くなってしまう。おそらく、これは1年や2年の話ではない。私のところに修理にきた20年ほど前のカシュー漆が塗られた尺八でも、シンナーの臭いが残っていたという事実がある。

 以上のことから、カシュー漆を始めとしたラッカー性塗料を尺八製作に用いる場合、希釈液としてシンナーを用いることは、身体や脳に害を与える可能性がある。それは勿論、直ちに心身に影響を与えるほどの強毒ではないかもしれないが、長期間、継続的に吸引することで、脳や口腔、ホルモンバランスを崩すような支障をきたしかねない。しかも、厄介なことは、この影響で心身を壊したとしても、長期であるため責任の追及が難しいことである。例えば、長期吸引したことで脳が萎縮しボケが出たとして、それがシンナーによるものなのか、その人の個人的あるいは遺伝的なものなのかの区別がつかないのである。
 その為、各個々人が自らの意思で注意する以外に身を護る方法はない。なので、私はここに「一部、尺八吹奏の危険性についての警鐘」として警鐘を鳴らすのである。

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